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2007/02/11

下り醤油や最上醤油

中国から日本に伝わった醤は日本で味噌として発展し、その味噌を造るときに出る上澄み液が「溜り」とよばれる調味料として使われるようになって、これが醤油の元祖となりました。(関連:「醤油と金山寺味噌」)
室町時代にはこの溜りが上流階層の食事で頻繁に使われるようになったといいます。
室町時代以前、刺身は酢や酢みそに付けて食べられていましたが、これらに代わって醤油が使われ始めたのも室町時代のことです。

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「醤油」という言葉も室町時代の頃から使われ始めたと考えられています。
「醤油」の文字が出てくる最古の文献は、1559年に公家によって書かれた日記だといわれています。
この日記に「醤油の小桶を送る」という記述があるのです。
ただしこの日記に出てくる醤油が本当に調味料である醤油を指しているのかは定かではないため、調味料としての「醤油」という言葉の使用が確認できる最も古い文献は、江戸時代より少し前になる1597年に書かれた『易林本節用集(えきりんぼんせつようしゅう)』であるという説もあるようです。

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室町時代の溜りと呼ばれた醤油は、大豆でつくる大豆麹に食塩を混ぜてから丸めたものを発酵させ、この玉から垂れてくる液を集めてつくられていました。
この製法では大量の醤油を造ることはできないため、この時代の醤油は正月料理やお盆用料理に限って使われる貴重な調味料として扱われていたといいます。

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安土桃山時代になると醤油の生産方法が改善されていき、生産量も徐々に増えていきました。
この頃になると、炒ってから搗いた大麦を煮大豆に混ぜ込んで麹菌をつくり、ここに水と塩を加え、時々かき混ぜながら75日間寝かせて発酵させ、最終的には布製の袋で濾しとるという方法で醤油が造られ、「一番醤油」や「生揚げ」の名称で呼ばれていました。

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江戸時代も元禄の頃になると、麹菌を造るのに大麦だけでなく小麦も加えられるようになります。
これは今でいう「濃口醤油」製造の始まりであり、時代が進むと大麦を混ぜる量は次第に減っていき、後に小麦だけが使われるようになったのです。

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江戸時代の初め頃、関東で消費される醤油の殆どは関西で製造されていました。
江戸で「下り醤油」と呼ばれた上方産醤油は、輸送費が掛かることから関東で非常に高価なものとなり、酒と値段が変わらないという時代もあったようです。

江戸時代初期の関東でも醤油は僅かに造られていましたが、酒と共に上方文化の象徴として扱われた高品質の関西産醤油は関東産のものより2倍近く価格が高かったといいます。

蕎麦をツユに少しだけ付けるのが粋な食べ方だという考えは、醤油の価格が高かった頃の江戸の蕎麦屋が麺つゆを倹約するために吹聴したことによってできたという説もあります。

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17世紀後半になると、野田の高梨家や茂木家で醤油が造られるようになり、江戸での醤油の大量生産が本格的に始まったことから、関東における関西産醤油の消費量は次第に減っていきました。

関東の醤油主産地の一つとなる銚子に醤油作りを伝えたのは、醤油発祥地ともされている湯浅出身の浜口儀兵衛らだったといわれています。
紀州と房州の間には黒潮が流れているため、湯浅近くで海難に遭って銚子あたりまで流された人がこの当時多くおり、このような人達の中にも銚子の醤油造りに貢献した人がいたのではないかとも推測されています。

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江戸時代末期にインフレによる物価上昇が大きな問題となり、幕府は強制的に全ての物の価格を30〜40%下げる政策をとったことがありました。
しかし醤油造りはコストを抑えたり品質を落とすことはできないとして、醤油価格引き下げに対して醤油製造家達が猛反対しています。
この醤油製造家達の訴えは幕府により認められため、野田や銚子で造られる一部の醤油価格は例外的に据え置かれ、他と区別するためにこれらの醤油には「最上醤油」という名称がつけられました。
これに次ぐ物には「次最上」、その下のものには「極上」という名が付けられましたが、これらの等級名はつい最近までブランド名のようにして使われ続け、醤油のラベルにも表記されていたのです。

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ところで現在の醤油には、代表的な「濃口醤油」の他にも、「淡口醤油」や「溜り醤油」「白醤油」「甘露醤油」「生醤油」「減塩醤油」などがあります。
以下がそれぞれの醤油の特徴です。

濃口醤油 
一般的に醤油と言えば濃口醤油を指し、日本の醤油生産額の90%はこの濃口醤油が占めています。
関東で発達した醤油で、野田や銚子、兵庫県の高砂などが主産地となっています。

淡口醤油 
関西での消費が多い醤油です。
濃口醤油より色が薄いのですが塩味はやや強めです。
素材の色を生かして料理したいときに使われます。
製法は濃口醤油とほぼ同じですが、大豆を蒸すときや小麦を炒る工程で色がつかないように工夫されています。

溜り醤油
醤油の元祖といわれています。
とろみがあり、色が濃く、味も濃いのが特徴で、刺身や煮物に使われたりしています。
中部地方での消費が多いようです。

白醤油 
淡口醤油に似ていますが淡口醤油より色が薄く金色に近い色をしています。
江戸時代に紀州でつくられたといわれ、やはり中部地方での消費が多い醤油です。

甘露醤油
濃口醤油の製法と同じように造られますが、濃口醤油に塩水が使われるのに対して、甘露醤油では塩の代わりに生醤油が使われているため、味や香りはきわめて濃厚です。
山口県柳井でつくられ関西で使われています。

生醤油
火入れをしていない醤油で香りのよい醤油です。
加熱しても香りが残るため煮物料理などに好んで使われたりしています。

減塩醤油
濃口醤油と基本的には同じ製法でつくられていますが、使用する塩分の量は約50%になっています。
塩分の摂り過ぎに気をつけなければならない人向きの醤油です。

<関連書籍>

森浩一(1987)『味噌・醤油・酒の来た道—日本海沿岸諸民族の食文化と日本』小学館
嵐山光三郎・鈴木克夫(1990)『お醤油の来た道—味の謎への探険隊』徳間書店
NHK取材班(1990)『人間は何を食べてきたか カレー、醤油』日本放送出版協会
小泉武夫 (2000)『漬け物大全—美味・珍味・怪味を食べ歩く』平凡社
柳田友道(1991)『うま味の誕生—発酵食品物語』岩波書店
吉田よし子(2000)『マメな豆の話—世界の豆食文化をたずねて』平凡社
高橋素子(2003)『Q&A 食べる魚の全疑問—魚屋さんもビックリその正体』講談社
井上勝六(1993)『「薬喰い」と食文化』三嶺書房
石毛直道(2004)『食卓の文化誌』岩波書店
俣野敏子(2002)『そば学大全—日本と世界のソバ食文化』平凡新書
江原 恵 (1986)『江戸料理史・考—日本料理草創期—日本料理草創期』河出書房新社
木村茂光(1996)『ハタケと日本人—もう一つの農耕文化』中央公論社
前川健一(1988)『東南アジアの日常茶飯—食文化観察ノート』弘文堂
黄慧性(2005)『韓国の食』平凡社

<醤油関連>

平安時代の醤油を味わう 平安時代の醤油を味わう
松本 忠久


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