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2006/11/25

ふぐちりは文化そのもの

ふぐは11月から2月にかけてが旬です。
主産地は山口や愛知、福岡、静岡で、最近は韓国からの輸入ふぐも流通しています。
食用にされるのは「まふぐ」「とらふぐ」「しょうさいふぐ」「からすふぐ」の4種ですが、その中でもとらふぐは最高級品として扱われています。

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ふぐといえば冬の味覚の代表格の一つとして有名ですが、もう一つふぐと聞いて連想されるのがふぐが持つ猛毒です。
青酸カリの10倍の強さがあり、サリンと同程度の毒性があるといわれるテトロドトキシンがふぐ毒となる物質です。
2ミリグラムが致死量というテトロドトキシンが人間の体内に入ると唇や指先に痺れが生じ、腹痛や嘔吐などの症状を示した後に呼吸困難に陥り、摂取してから6時間ほどで死に至ります。

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040801078 一般的にふぐは肝臓と卵巣に強力な毒を持ち、身には毒が無いか弱い毒しか含まれていません。
しかし、ふぐの種類や生息域などで有毒部位や毒の強さは異なり、同じ海域にいる同じ種類のものでも個体差があります。
例えばとらふぐは1〜4月頃の菜種の季節に毒が強くなることから、この季節のとらふぐは「菜種ふぐ」とも呼ばれ区別されます。
また、ドクサバフグなどのように身にも強い毒性物質を持つ種類のふぐもいるのです。

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貝塚から出土したふぐの骨によって、有史前から日本人はふぐを食べていたことが知られています。
室町時代までは身しか食されなかったふぐですが、桃山時代より後になると毒性のある内臓やその近くの部位を食べるひとが増え、ふぐによる中毒死が増加したことが分かっています。
しかし、ふぐの危険部位がなぜ桃山時代以降になって食べられるようになったのか、その理由は分かっていません。
もちろん桃山時代の当時でもふぐ毒の危険性については認識されており、その頃の尾張ではふぐを売買した者は禁錮5日の刑、他人からもらって食べた場合でも禁錮3日の刑に処せられたことが記録に残されています。

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生簀(いけす)で無毒の餌を与えて養殖したふぐは毒を持たないという最近の調査結果から、テトロドトキシンはふぐの体内で作られるのではなく、体外から入った毒性物質が蓄積されて作られるということが明らかにされています。
海中にいるビブリオ・アルギノリティカスやビブリオ・ダムセラなどの細菌が貝などに入り込み、これらがエサとしてふぐに食べられると、ふぐの体内が毒性を帯びるようになるのです。

ふぐ自身はテトロドトキシンに対して、他の魚よりも300倍以上の抵抗力を持っています。
外敵を牽制するためにふぐがテトロドトキシンを体内に蓄積するようになったという推測もありますが、雌ふぐが雄ふぐを誘惑する際の性フェロモンとしてもテトロドトキシンが使われていると見られており、なぜふぐがテトロドトキシンを持つようになったのかについて本当の理由は分かっていません。

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ところで、ふぐは漢字で「河豚」と書きますが、これは中国の揚子江を遡るふぐの様子が豚に似ていたことからこの字が宛てられたといわれています。

日本の奈良や平安時代に河豚は「ふく」とよばれており、この「ふく」の名のいわれについてはいくつかの説があります。
ふぐの腹が「膨(ふく)れる」からとか、「ふくべ(ヒョウタン)」の形に似ていたからというようにその姿に由来しているという説があったり、ふぐは口から水を「吹く」からというようにその習性から名付けられたのだと考える人達もいます。

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ふぐの英語名の「puffer」や「blowfish」もふぐが水を吹くところから名付けられたものです。
「puffer」には「ぷっと吹くもの」という意味があり、「blow」にも「フッと吹く」とか「吹きつける」という意味があるのです。
英語でふぐを「balloonfish」とも呼びますが、これはふぐが脹れた様子から付けられた名前だと考えられます。

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日本では江戸時代になると「ふく」は「ふぐ」と呼ばれるようになりました。
しかし、今でも九州や山口県下関など一部の地域では「福」にかけてふぐを「ふく」と呼んでいるようです。

関西ではふぐを「鉄砲」と呼んだりもします。
「鉄砲の玉にあたる」ことが「河豚にあたる」ことに掛けられ、「ふぐ」が「鉄砲」と江戸でよばれるようになり、その呼び名が関西に伝わって定着したといわれています。

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040801077 江戸時代のふぐ料理と言えば味噌汁にすることが多かったようですが、現在の代表的ふぐ料理の一つは「てっちり」です。

「ちり鍋」とは魚介を使った鍋のことで、「ちり鍋」の「ちり」とは鍋に魚の切り身を入れた際にその身が「ちりちり」と縮まることに由来しています。
鱈のちり鍋を「たらちり」、鯛のちり鍋を「たいちり」というのと同様に、鉄砲(ふぐ)をちり鍋にするから「てっちり」というわけです。

鍋の具材が食べ尽くされる頃には、ふぐの身に多く含まれるグルタミン酸やアミノ酸などの旨味がスープにたっぷりと溶け出しており、このため鍋そのものよりも最後につくられる雑炊を楽しみにする人も多いようです。

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もう一つの代表的ふぐ料理はふぐの刺身ですが、これは「鉄砲の刺身」が縮まって「てっさ」とよばれています。
ふぐの身の脂質含有量は0.3%と少なく、反対にコラーゲンが多く含まれています。
そのためふぐの身は硬く締まっており、通常の刺身のように厚く切ると噛み切ることができないため、透き通るほど薄く切って盛りつけされます。

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ふぐを使った変わった食べものに、江戸時代に作られ始めた石川県金沢の特産品で「ふぐの卵巣の糠漬け」という食べものがあります。
ふぐの卵巣には人間の大人を20人近く殺すことができる量のテトロドトキシンが含まれていますが、この卵巣を使った漬物なのです。

ふぐの卵巣の糠漬けをつくるには、まず卵巣が真水で洗浄され、塩分濃度が30%の塩水に約1年間漬けられます。
その後、麹と塩漬けにした鰯(いわし)を加えた糠に真水で塩抜きされた卵巣が最短でも2年、通常は3〜4年は漬け込まれます。
糠の中で繁殖している乳酸菌や発酵微生物がテトロドトキシンを二酸化炭素と水と窒素に分解してしまうため、猛毒のふぐの卵巣でも食べることが可能となるのです。

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坂口安吾が書いたものに、「ふぐを食べて死んだ多くの人達のおかげで現在の我々は安心してふぐちりが食べられるのであって、これこそが文化というものだ」という主旨の文章があるようです。
真水にさらしたり塩水に漬ける工夫が施され、3年以上もの時間を掛けてようやく完成するふぐの卵巣の糠漬けの製法が確立されるまでにはいったい何人の人達が犠牲になったのでしょうか。
大鍋のスープをスプーン一杯の量まで煮詰めて作った濃厚な味わいの一滴を連想させるような、ふぐの卵巣のぬか漬けという形に凝縮された多くの人々の努力や試行錯誤に思いを馳せずにはいられません。

<参考書籍>

セマーナ(2002)『スーパーで買える魚図鑑—これであなたもサカナ通!』日本文芸社
マルハ広報室(2000)『お魚の常識非常識「なるほどふーん」雑学』講談社
岩井保 (2002)『旬の魚はなぜうまい』岩波書店
講談社(2002)『カラー完全版 魚の目利き食通事典 』講談社
高橋素子(2003)『Q&A 食べる魚の全疑問—魚屋さんもビックリその正体』講談社
小泉武夫 (2000)『漬け物大全—美味・珍味・怪味を食べ歩く』平凡社
小泉武夫(2005)『小泉武夫 食のワンダーランド』日本経済新聞社
月刊食生活編集部(1992)『グルメのおもしろ語源集—食べものふしぎ博物館』コア出版
井上勝六(1993)『「薬喰い」と食文化』三嶺書房

<ふぐ関連>

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アクアライフ編集部


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