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2006/10/31

パンと火縄銃とキリスト教

1543年、海難事故に遭ったポルトガル人が種子島に漂着し、このポルトガル人は領主の種子島時尭(たねがしまときたか)によって手厚くもてなされました。
その歓待のお礼としてポルトガル人は二丁の火縄銃と火薬を種子島時尭に贈呈しています。
この火縄銃の伝来は日本史の中の重要な出来事としてしばしば語られますが、このとき日本に初めてもたらされたのは銃だけではありませんでした。
種子島に漂着したポルトガル人が持っていたライ麦パンが、日本人が初めて見たパンだったといわれているのです。

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ポルトガル人によって初めて伝えられたことから、ポルトガル語の「pão(パン)」という呼称が日本語でもそのまま使われることになりました。
このポルトガル語の「pão」の語源はラテン語の「panis(パニス)」だと考えられています。

明治時代以前の日本では、「パン」と書き表すために「麺包」「波牟」「麦餅」「蒸餅」「麦蒸餅」「麦麺」「麺頭」など様々な漢字が宛てられており、明治になってからは「麵麭」と書き表された場合が多かったようです。
そして、カタカナで「パン」と書くようになったのは明治時代も末になってからのことでした。

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1543年のポルトガル人の種子島漂着事件以降、1549年にやって来たフランシスコ・ザビエルをはじめ、多数の宣教師がキリスト教布教のために来日し、キリスト教の広まりにともなってパンも庶民に知られていくことになりました。
これは、信者が極少量のワインと一緒にパンの小片を口にする聖餐式があり、キリスト教にパンは欠かせないものだからです。
日本の文献にパンが初めて出てくるのは1593年に著されたイソップ物語の和訳である『天草似曽保物語』という本ですが、これもキリスト教布教のために作られています。
キリスト教の民間への布教活動が活発になるにつれ、多くの日本人がパンの存在を認識するようになったのです。

            ○

しかし、江戸時代になるとパン作りは事実上禁止されてしまいます。
徳川幕府により鎖国令が出され、キリスト教が排斥されたためです。
この背景には、キリスト教による民衆の団結を徳川幕府が警戒していたということがあり、幕府にとっての厄介ごとを作り出す恐れがあるキリスト教を排除するにはキリスト教の儀式で使われるパンも禁じる必要があったのだといわれています。
このパン作り禁止の影響で農民は饅頭を食べることすら禁じられてしまいましたが、これは隠れキリシタンが聖餐式でパンの代用品として饅頭を用いたためだともいわれています。

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徳川幕府によるパン作り禁止令によって、江戸時代を通じて一般の庶民がパンを食べることは殆どありませんでした。
1712年に出版された江戸時代の辞書ともいえる『和漢三才図会』ではパンに「波牟」の字を宛て、「饅頭の餡(あん)無きもの」と説明されています。
パンを知らない人達への説明として、13〜14世紀頃に中国から日本に伝わり一般庶民に普及していた蒸し饅頭を引き合いに出しているのです。

鎖国中も長崎の出島ではオランダ人向けなどにパンが作られていましたが、表向きは日本でのパン作りは一旦途絶えることになりました。
日本でのパン作りが再開されたのは幕末になってからのことなのです。

<参考書籍>

大塚滋(1997)『パンと麺と日本人—小麦からの贈りもの』集英社
大山真人 (2001)『銀座木村屋あんパン物語』平凡社
岡田哲(2000)『とんかつの誕生—明治洋食事始め』講談社

<パン関連>

ルヴァンの天然酵母パン ルヴァンの天然酵母パン
甲田 幹夫


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旬の酵母でつくるパンBook 旬の酵母でつくるパンBook
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パンの教科書—ブランジェリーコム・シノワ パンの教科書—ブランジェリーコム・シノワ
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