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2006/10/02

とうもろこしとアメリカ入植時代

1493年にコロンブスがアメリカ大陸に到達してから間もなく、アメリカ大陸の先住民が栽培していたとうもろこしがヨーロッパに伝わりました。(関連:「とうもろこしと神様」)
しかしすぐにヨーロッパでとうもろこしが受け入れられたわけではありません。
とうもろこしはグルテンを含んでいないため、それまでヨーロッパ人が食べていたグルテンとイースト菌を結びつけて発酵させるようなパンを作ることができなかったためです。(関連:「パンとイースト菌と発酵」)
そのため、ヨーロッパからアメリカに移り住んだ初期の入植者達はアメリカ大陸で初めてとうもろこしやかぼちゃを見ることになり、それらの植物は「新大陸」にやって来たことを最も実感させる目新しい食材だったといいます。

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アメリカ移民の原点とされているのがイギリスからアメリカにメイフラワー号で渡ったピューリタンの人々です。
16〜17世紀のイギリスで教会改革を訴えたキリスト教プロテスタントのグループがピューリタンで、ヨーロッパでは迫害や差別を受けていました。
ヨーロッパ人にとっての「新大陸」であるアメリカ大陸が発見されとき、ピューリタンは、住民の自治による理想的社会の実現と信仰の自由を求めて新天地に移住していったのです。

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1620年、102人のピューリタンを乗せた180トンの帆船のメイフラワー号が現在のアメリカのマサチューセッツ州であるケープコッドに到着しました。
メイフラワー号がケープコッドに着いたのは12月末で、102人の人々は乾パンと乾燥させた牛肉などを食べて農作ができる春まで餓えを凌ぐしかありませでした。
ピューリタンが建設した最初の植民地の周りには魚介類が豊富な海や狩りができる森があったのですが、不慣れな食材や宗派の戒律などのためにそれらを利用することができず、102人の入植者の半数が翌年の春までに餓死や病気で亡くなってしまい、102名のうち29名いた女性は4人しか生き残れませんでした。

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05ilae03 それでも約半数の52人がなんとか生き残ることができたのは、入植地近くに住んでいた先住民ウァムパノーグ族からの援助があったことや、先住民が残した乾燥とうもろこしのお陰だといわれています。 メイフラワー号がアメリカに到着する以前に、アメリカ大陸にやって来たヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘で全滅してしまった先住民部族が、貯蔵庫に乾燥トウモロコシを残していたのです。
昔、北アメリカの先住民が摂取するカロリーの70%近くはとうもろこしで補われていたといわれており、しかも多くの部族には天候不順による農作物の不作に供えて乾燥させたとうもろこしを貯蔵しておく習慣がありました。
この保存用とうもろこしがピューリタン入植地近くで発見されたのです。
この滅亡した部族が残した乾燥とうもろこしによって、52名の入植者は命を繋ぐことができたといいます。

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1621年の春にピューリタン入植者達は先住民の助けを借りて農作を始めました。
このときに入植者達は先住民からトウモロコシの栽培の仕方を教わっています。
とうもろこしは多様な環境下や狭い土地でも栽培することができ、しかも先住民の栽培方法を使えば年に3回もとうもろこしを収穫することが可能でした。
高カロリー食品をつくることができるとうもろこしは、入植者にとっては生き残るための鍵となる植物になったのです。

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1621年の秋に、入植者達にとって新天地で初めて収穫できた農作物や狩りで獲れた獲物を用いて料理が作られ、入植一周年を記念した三日間に渡るパーティーが開かれました。
このパーティーには先住民も招かれ、合わせて約140人の人達が集い、パーティーにやって来た先住民のウァムパノーグ族はポップコーンを持参したといわれています。
七面鳥や鹿、蛤、うなぎなどが料理され、挽き割りとうもろこしにたまごと水を混ぜたものを揚げて作るコーンブレッドやとうもろこしと豆を煮込んだサコタッシュなどもパーティーで振る舞われました。

このパーティーがアメリカの感謝祭の始まりになったと一般的にはいわれており、11月の第4木曜日がアメリカでは感謝祭の祝日に定められています。
現在は収穫に感謝するという当初の意味は薄れ、感謝祭は家族や親しい人達が集う日になっているようですが、七面鳥のローストやサコタッシュは今でも感謝祭の日に食べられています。

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初期の入植者達は生きながらえるのにやっとの思いでとうもろこしを栽培していましたが、それから400年近くが経って、今やアメリカは世界で一番のとうもろこし生産国となり、世界の食を支える立場にあります。

農林水産省の「消費者の部屋」の資料によれば、2000年のとうもろこし生産量は世界で6億トン近くあり、その内の約40%にあたる2億5,320万トンがアメリカで生産されています。
そのアメリカで生産されるとうもろこしの約半分はコーンベルトと呼ばれるアメリカ中西部の五大湖の西と南に広がる平野で作られています。

Map_cornbelt

地図を見ても分かるように、コーンベルトは主にアイオワ州、イリノイ州、インディアナ州、オハイオ州にまたがる非常に広大な地域に広がっています。

先住民が残した乾燥とうもろこしを食い繋いで生き残った入植者達が、先住民が長い年月をかけて培った栽培技術を基礎にして、土を耕してとうもろこしを作ったわけですが、その入植者達が作った最初の小さなとうもろこし畑が後に世界の食料庫とも呼ばれるコーンベルトの礎となったともいえるのではないでしょうか。

<参考書籍>
シルヴィア・ジョンソン(1999)『世界を変えた野菜読本—トマト、ジャガイモ、トウモロコシ、トウガラシ』晶文社
増田芳雄 (1990)『モヤシはどこまで育つのか—新植物学入門』 中央公論社
ダナ・R. ガバッチア(2003)『アメリカ食文化—味覚の境界線を越えて 』青土社
本間千枝子, 有賀夏紀(2004)『世界の食文化〈12〉アメリカ』農山漁村文化協会

<とうもろこし関連>

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