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2006/09/06

とうがらし世界一周

とうがらしの原産地についてはメキシコ説やボリビア中部地方説、アンデス地方説、西インド諸島説などがあり、まだ特定はされていません。

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とうがらしの原産地候補の一つであるメキシコで発掘されたテワカン遺跡の紀元前7000年よりも古い地層から、アボガドの種子と一緒にトウガラシが1960年に発見されています。
このことから狩猟採取を行っていたであろう時代からメキシコではトウガラシを食用としていたことが確認されたのです。
この紀元前7000年よりも新しい層からはとうもろこしやかぼちゃなどに混じってとうがらしが見つかっており、とうがらしはとうもろこしやかぼちゃよりも以前に栽培が始められたと考えられています。

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アメリカ大陸に住んだ人達以外で最初にとうがらしの存在を知ったのは、あのクリストファー・コロンブスです。
苦しい航海の末たどり着き、そこがアジアだと信じた西インド諸島で、島の住民が「aji(アジィ)」とよぶ香辛料をコロンブスは入手しています。
コロンブスはこの「aji」と呼ばれる香辛料を先住民が使う胡椒であると記録しましたが、この「aji」こそが当時のヨーロッパ人にとっては未知のとうがらしだったのです。
コロンブスはインドに到達したと信じて疑わず、その地では「ガンジス川の香りがした」と後に語っていたくらいなので、当時インドで生産されていた貴重で高価な胡椒を手に入れたのだと信じたかったのでしょう。

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1493年3月にコロンブスはとうがらしと共にヨーロッパに帰還しており、このとうがらしがアメリカ大陸から外に出た最初のとうがらしだったとされています。
このコロンブスの航海以前には、東半球に住むアジア人やヨーロッパ人はとうがらしの存在を知らなかったのです。

しかし、コロンブスが持ち帰ったとうがらしが世界中に伝播したわけではありません。
とうがらしもそれを持ち帰ったコロンブスもヨーロッパではさほど注目されませんでした。

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Map_pepper_3

とうがらしの伝播に貢献したのはポルトガルやスペインの商人達でした。

15世紀にブラジル東海岸の交易地ペルナンブコに入ったポルトガル商人がこの地で偶然にトウガラシを発見し、これを船に載せて西アフリカに輸送して交易に使いました。
これ以前に、西アフリカではメレグエタペパーまたはパラダイスグレインと呼ばれるショウガ科の香辛料が胡椒の代用品として使われていましたが、とうがらしが伝わった後はこのショウガ科の香辛料はあまり使われなくなってしまいます。

ポルトガルのガリオン船はトウガラシをインド西海岸中部のゴアにも輸送しています。
胡椒を使い慣れていたインドでとうがらしはすぐさま受け入れられ、1540年代にはとうがらし栽培がインドで急速に広まることになりました。

ポルトガル人は16世紀前半に中国にも唐辛子を伝えています。
四川や雲南などの地方ではもともと山椒を料理に多用していたため、トウガラシもすぐに受容されました。

インドに伝わったトウガラシはマラッカ海峡を経由してマカオなどに渡り、フィリピン諸島にまで伝播していきます。
スペイン人もメキシコからフィリピンへとうがらしを運んでいました。
その後、フィリピン諸島にいたイギリスやオランダの船がアフリカ人奴隷と一緒にトウガラシをアメリカ大陸に輸送しています。

コロンブスが初めてとうがらしを見てから約半世紀という当時としては短い時間でトウガラシは地球を一回りしたことになるのです。

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16世紀にアジアやアフリカ、ヨーロッパにわたる広い地域を支配したオスマン帝国も、とうがらしをヨーロッパに広めるのに一役買いました。
トルコのイスタンブルに首都を置いたオスマン帝国は、インドを支配したときにとうがらしを手に入れ、ハンガリー侵攻時にはとうがらしも一緒にハンガリーに運び込んでいます。
このオスマン帝国軍が持ち込んだとうがらしが、後にハンガリーのパプリカとなったのです。
16〜17世紀にかけてオスマン帝国がヨーロッパ東南部を制圧した際にも、とうがらしはバルカン半島諸国に伝えられています。

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ヨーロッパに伝わったとうがらしはアメリカ大陸から直接持ち込まれたものより、アジア経由で伝わったものが多く、16世紀前半のヨーロッパの記録に出てくるトウガラシは「インドペパー」や「カルカッタペパー」のような名前で呼ばれています。
このことから、とうがらしの原産地はアジアだと思い込んでいたヨーロッパ人が当時は多くいたことが伺えます。

しかし事実は、コロンブスのアメリカ大陸到達以前のヨーロッパやアジアにとうがらしは存在せず、現在一般に知られているような味の麻婆豆腐やトムヤムクン、ペペロンチーノ、唐辛子の入ったキムチ漬けやインドカリーすら1493年以前には作られていなかったのです。

<参考書籍>
アマール ナージ(1997)『トウガラシの文化誌』晶文社
シルヴィア・ジョンソン(1999)『世界を変えた野菜読本—トマト、ジャガイモ、トウモロコシ、トウガラシ』晶文社
NHK取材班(1990)『人間は何を食べてきたか カレー、醤油』日本放送出版協会
石毛直道(2004)『食卓の文化誌』岩波書店
鈴木薫(2003)『世界の食文化 (9) トルコ』農山漁村文化協会
前川健一(1988)『東南アジアの日常茶飯—食文化観察ノート』弘文堂

<とうがらし関連>

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