パンとイースト菌と発酵
今から1万年前に、現在のイラクがある地域で栄えたメソポタミアで小麦栽培が始められました。
小麦は粉に挽いてお湯に溶かされて粥のようにして食べられていましたが、そのうちにこの粥状のものが焼かれるようになり、ピタやチャパティのような平焼きの無発酵パンが作られるようになったと考えられています。
その後時代が進むにつれ、無発酵パンよりも食べやすく味や香りが良い発酵パンが食べられるようになったのです(関連:「古代のパン」「ピタはなぜ薄いパンなのか」)。
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周辺国から「パンを食べるひと」と呼ばれた古代エジプト人達はビールを造ったときに出る搾り粕の酵母でパンをつくりました。
古代ローマでは発酵させた白ブドウの汁とフスマ(麦の糠)を混ぜて天日で乾燥させたものをパン種にしており、これは原始的なドライイーストといえます。
アジアで見れば、インド人は小麦粉を水で練ったものを発酵させて焼いたナンをつくり、エチオピア人はテフという穀物の粉でつくる薄いクレープ状に焼いた発酵パンのインジェラをつくりました。
中国には発酵させた蒸しパンの「饅頭(マントウ)」があります。
1400年以上前に書かれた「斉民要術」には「食経の餅酵(しらかす)を作る法」という記述があり、これはパン種の作り方の手順を記したもので、「餅酵」とは酵母を意味しているのです。
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このように人間は紀元前の古代エジプトの時代から発酵パンを作ってきており、その種類も豊富です。
しかしそれらのパンは勘や経験でつくられたもので、何がパンを膨らませているのか、どうしてパンから良い香りがするのかについてはパンをつくっていた人達にもその理由は分からず、17世紀になるまではその手掛かりすら発見されることはありませんでした。
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1680年になって、オランダ人医師のレーヴェン・フックが自分で作った顕微鏡でイースト菌(酵母菌)を見ることに初めて成功しています。
しかしこの顕微鏡で見える微小な生き物が何なのかはフックにも分からず、微生物が生まれる仕組みなどについてはフックの発見から約200年も後にならなければ解明されませんでした。
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1825年にドイツで人工的にイーストを作ることが試みられています。
これは現在の生イーストの元祖とも考えられる「圧搾酵母」とよばれるもので、溶液でイースト菌を培養した後に、その溶液に圧力をかけて液を絞り出し、残ったものを固形化してつくられました。
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1861年になって、ルイ・パスツール(Louis Pasteur)が微生物は自然に湧くのではなく親にあたる微生物から生まれるという説を唱えました。
また、パスツールは乳酸発酵や酪酸発酵、酢酸発酵、アルコール発酵についての実験を行い、発酵がすすむにつれ微生物は増えるという事実を示し、微生物が増殖する過程で発酵が起こされるのだということを発表しています。
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パスツールによって発酵と微生物の関係が解明された後、パン酵母の研究開発は加速度的に進められました。
1880年代にはイースト生産の研究がヨーロッパの各国で行われています。
第二次大戦のころになりアメリカで軍用のドライイーストが開発され、大量のパンを安定的に供給することを可能にするイースト菌の生産がようやく実現されています。
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生イーストやドライイーストが創られる以前にパン作りに使われていたのはサワー種というパン種でした。
これは粉と水を練ったもので空気中に存在する自然の菌を増殖させたものです。
イースト菌は短時間で確実に生地を発酵をさせることができ、取扱が簡単で酸味がないという点でこの自然の菌を増殖してつくるサワー種より優れていました。
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「イースト」の語源はギリシャ語の「沸騰する」という言葉に由来しています。
パンを意味する英語の「ブレッド」やドイツ語の「ブロート」などの言葉も、もともとは「ぶくぶく泡だつ」という意味をもつ言葉が語源になっています。
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発酵パンの中には細かい気泡があってふっくらと柔らかく膨らみ、良い香りも含んでいます。
これらはイースト菌の作用によって起こる発酵が進む過程でつくられるものです。
小麦粉は、ベトベトと粘る性質のグリアジンという成分とゴムのように伸びる性質を持つグルテニンという成分を含んでいます。
グリアジンとグルテニンを混ぜ合わせたものに水を加えて強く捏ねると弾力をもつグルテンになります。
グルテンを含むパン生地にイースト菌(酵母菌)を加えると、イースト菌の働きで発酵が始まります。
言い換えると、イースト菌が小麦粉に含まれる糖を分解することで炭酸ガスとアルコールが生じるのです。
弾力と粘りがあるグルテンは炭酸ガスによってチューイングガムのように膨らみ、これによってパン内部にはいくつもの気泡が作られます。
炭酸ガスが生じるときに一緒につくられるアルコールはパンの香りの素となります。
パンを作るときには塩や砂糖が加えられますが、これらは発酵を促すと同時にグルテンの弾力を増して香りや味を加える役割を果たし、保存性を高める働きもしています。
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古代エジプト時代には労働者に支払う給料がパンで支払われたといいます。
ローマ帝国時代にも「パンとサーカス」という言葉があったように、市民を統制する道具としてパンが使われていた面があったようです。
もし、これらの時代に生イーストやドライイーストがあって誰でも簡単に手軽にパンを作ることができたのなら、為政者達はパンを使って庶民をコントロールすることはできなかったかもしれませんね。
<参考書籍>
岡田哲(2000)『とんかつの誕生—明治洋食事始め』
大塚滋(1997)『パンと麺と日本人—小麦からの贈りもの』集英社
舟田詠子(1998)『パンの文化史』朝日新聞社
柳田友道(1991)『うま味の誕生—発酵食品物語』岩波書店
張競(1997)『中華料理の文化史』
小泉武夫(2003)『くさいはうまい』
<パン関連>
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