松茸が採れる山
初秋に雨の多い年は松茸のできが良いといいます。
今年の9月はわりと雨が多かったので香りの良い松茸が多く出回るのではないでしょうか。
やはり国産松茸の方が中国やカナダ、北朝鮮で採られたものよりも香りが良く、カサを開かずにずんぐりした形の松茸は胞子を放出する前の状態のものなので、特に味や香りが良いとされています。
多くの日本人が松茸の香りにこだわりますが、他の国では松茸の香りを松ヤニ臭いとして好まない人も少なくありません。
いつから日本人が松茸の香りを好むようになったのかは分かりませんが、かなり昔から日本人は松茸に魅せられてきたようです。
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弥生時代中期のものである岡山市の百間川兼基(ひゃっけんがわかねもと)遺跡から、1984年に発見された土人形は松茸の形をしています。
文字の情報がないので、これが松茸の形を模して作られたものだとは言い切れませんが、松茸がカサを開く前の状態に似ており、カサの部分には目や鼻、口、眉が彫られています。
(いつまで見られるかは分かりませんが、こちらのサイトの一番下に写真がありました)
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「茸」という字が最初に文献に出てくるのは『日本書紀』で、3世紀末から4世紀初め頃に茸が天皇へ献上されたことが記されています。
しかしこの「茸」が松茸だったかどうかは不明です。
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7〜8世紀に編まれた『万葉集』には松茸の香りの良さを詠んだと思われる歌があります。
高松の この峰も狭(せ)に 笠立てて
盈(み)ち盛りたる 秋の香のよさ
この歌に「松茸」の字は出てきませんが、「笠立てて」が松茸のカサのことで、「秋の香」が松茸の香りのことを指しているといわれています。
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松茸狩りがいつ始まったかについても定かにされていませんが、西暦905年頃に編集された『古今和歌集』に「たけがり」という言葉が出てきており、この「たけがり」が松茸狩りのことを指していると考えられています。
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『翁草』という随筆には、豊臣秀吉の松茸狩りの様子が書き残されています。
その当時すでに太閤になっていた秀吉が松茸狩りに招待されたときに、奉行が他の山から松茸をかき集めて秀吉が入る山にあらかじめ松茸を植えておいたといいます。
手で植えたものなので松茸を抜くときに感触でそれと分かってしまい、秀吉に付き添っていた女中がそのことを秀吉に言ったところ、そんなことは最初から分かっていると秀吉は言ってこの女中を怒鳴りつけたそうです。
せっかく喜ばそうとしてくれているのだから素直にその好意を受ければ良いのであって、利口ぶって種明かしをする必要はないと秀吉は言いたかったようです。
前もって松茸を植えておいて招待した客に採らせるという接待は現在でも行われているそうです。
ただし、今はもう少し手が込んでいて、採るときの感覚でバレないように松茸の石突きの部分に石灰を練ったものをつけておき、まるで自生していた松茸を抜いたような感触を出す演出をするそうです。
もしも松茸山に招待された場合は、くれぐれも「この松茸は植えたものだ。 なぜなら根元に石灰のあとが・・・」などとは言わないことが肝心です。
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鎌倉時代や室町時代に松茸は酒の肴にされたことがいくつかの文献に記されており、1476年に書かれた『言国卿記(ことくにきょうき)』には松茸を汁物にしてこれとご飯を食べた後に酒を飲んだことが書かれています。
しかし全般的に鎌倉や室町時代の文献には、松茸をどのように料理したかについて詳しく書いたものは多くありません。
江戸時代になると松茸料理についての文章は多く残されており、例えば、あの黄門様の水戸光国が松茸の吸い物や煮物、和え物、焼き松茸の松茸づくし料理を食べて三回もご飯をおかわりした記録なども残されています。
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このように昔から日本人は秋になると貴重な松茸の香りに焦がれてきたわけですが、近年になって環境が変化したために、昔よりも国産松茸はいっそう入手しづらいものになっています。
昭和10年代の松茸生産量は約6,200トンありましたが、昭和40年代になると約900トンにまで落ち込みました。
この減少の理由は松茸が繁殖する赤松が減ってしまったことに因ります。
松茸と赤松は栄養や水分をやり取りする共生関係にあり、松茸は赤松がなければ繁殖できません。
戦中や戦後に赤松が伐採されたことも原因の一つですが、赤松が減った大きな理由には農村生活の変化があります。
電気やガスの普及により、山の樹木が燃料に使われなくなり、木々の伐採が行われずに山が放置されたことで繁殖力の強い広葉樹がその生息域を広げ、弱い赤松が生息できる範囲は狭めることになり、その結果松茸の数も減ってしまったのです。
その他にも大気汚染で赤松が枯れたなどの理由もありますが、山を管理する人間が減ったことが松茸減少の主な原因であり、これは人間と山との共生が成り立たなければ松茸と赤松も共生できないということです。
今のところ人工栽培ができない松茸は、人間が自然を利用しつつ自然のリズムに合わせることができたときに、山から人間に贈られる賞品のようなものといえるかもしれません。
<参考書籍>
有岡利幸(1997)『松茸』法政大学出版局
岡村稔久(2005)『まつたけの文化誌』山と渓谷社
日本ベジタブル&フルーツマイスター協会(2003)『野菜のソムリエ—おいしい野菜とフルーツの見つけ方』小学館
浪川寛治三(1996)『野菜物語—たべもの探訪』一書房
<松茸関連>
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