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2006/08/23

インスタントラーメンの誕生

8月25日は「ラーメン記念日」に定められています。
今から48年前の8月25日に最初のインスタントラーメンが市場に登場したのを記念してのことです。
「ラーメン記念日」の頃に「インスタントラーメン発明記念館」で過去に開催された「ラーメン記念日フェスタ」では、世界初の量産インスタントラーメンであるチキンラーメンの無料試食会などが行われたりしています。

そのチキンラーメンを創ったのは日清食品の創業者である安藤百福氏です。

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昭和22〜23(1947〜1948)年頃の戦後間もない大阪梅田で、安藤百福氏は二つのことに気づきこれがインスタントラーメン開発の切っ掛けになったといいます。
一つは、食べものは気力や体力、知力の源であって、食こそが大事なものだということです。
食糧難で飢えに苦しむ人達を見たり、戦争中に冤罪で拘留された際に留置場内で食べものを奪い合う拘留者を見たときに、「食こそが最も崇高なものだ」という考えに安藤氏は至りました。
食足りて世は平らかになるという意味の「食足世平(しょくそくせへい)」は安藤氏が好んで使う言葉です。

インスタントラーメン開発の切っ掛けになったもう一つの出来事は、この時代の大阪梅田で中国からの引揚者がラーメン屋台を始めたことで、この店が大変に繁盛しているのを見て、安藤氏は日本人は本当に麺類が好きなのだと感じたといいます。

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これらの光景を見たことや、当時は米よりも小麦粉の方が入手し易かったという事情があったり、国が援助物資の小麦粉を日本人に馴染みのある麺に使うことを奨励せずにパン製造を支援していたことに疑問を持ったこともあって、国がやらないのであれば自分が一般の人達が気軽に食べられるラーメンを創ってやろうと安藤氏は決意し、自宅の庭に小さな小屋を建ててここでインスタントラーメンの開発を始めました。
開発にあたって「美しくて飽きのこない味」、「保存性の高いもの」、「調理に時間や手間が掛からないもの」、「安価なもの」、「安全で衛生的なもの」をつくることを安藤氏は目標に立てました。

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ラーメンのスープは、西洋でも東洋でも受け入れられ、ヒンズー教徒やイスラム教徒でも食べることができる鶏を使ったチキン味にしました。 Chicken2 スープを開発していた頃、家で食べるために仮死状態にしておいた鶏が突然暴れだしてしまい、これを見た安藤氏の息子さんは鶏肉が食べられなくなってしまったそうです。 しかし鶏肉を食べることができない子でも鶏ガラスープのラーメンは喜んで食べました。 このことから、チキンスープを使うことに安藤氏は自信を深めたといいます。

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インスタントラーメンが創られる中で開発された最も重要な技術の一つは麺を油で揚げることです。
お湯を掛けるだけで短時間に復元する乾燥麺の開発は、天ぷら屋で天ぷらが揚がるところを見ていてヒントを得たといいます。
麺を油で揚げると、水分が蒸発するときに麺に細かな穴があくため、短時間でお湯を麺に浸透させることができることに気づいたのです。(関連:「コシヒカリやデンプンのα化」)
しかも、高温の油で揚げることは麺の殺菌にもなります。

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開発を決意してからなんと10年の歳月をかけインスタントラーメンは完成されました。
最初は手作業で一日に300食程度が作られ、昭和33(1958)年8月25日に、大阪市中央卸売り市場に最初のチキンラーメンが卸されました。
当時のキャッチコピーは「お湯をかけるだけ2分でOK」というもので、価格は35円でした。
その頃のうどん玉は6円で乾麺は25円だったこともあり、35円のチキンラーメンを卸問屋に持ち込んでも最初は相手にしもらえませんでした。
しかしチキンラーメンは店頭に置かれるとすぐに売れてしまうことから、問屋からの注文が相次ぐようになったといいます。
サンシー殖産として始まった安藤氏の会社は、チキンラーメンが発売された年に日清食品となりました。
その翌年には、インスタントラーメンは年間7,000万食(!)も生産さるようになり、昭和35(1960)年に森永製菓が発売した「インスタントコーヒー」が人気商品となったこともあって、「インスタント」という言葉がこの時代のキーワードとなり、インスタントラーメンの需要は急速に拡大していくことになります。

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Noodle_1 昭和37(1962)年には明星食品が麺とスープを別にした「支那筍入り明星ラーメン」の発売を始め、これによりスープの味を調合することが容易になりました。
昭和41(1966)年にはサンヨー食品が発売を始めた「サッポロ一番」に初めて乾燥ねぎがつけられています。
同じ年に発売された明星食品の「明星チャルメラ」のスープの味はホタテがベースにされ、麺にはより質の高い小麦が使われて味の差別化が図られるようになります。
昭和43(1968)年にはダイヤ食品がノンフライ麺を発売するなど、1960年代には様々なインスタントラーメンが次々と登場したわけですが、最初のインスタントラーメンであるチキンラーメンの製法はその後の多種多様なインスタントラーメンが作られるときの基本となりました。

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富士総合研究所が行った「20世紀の世界をうならせたメイド・イン・ジャパン」という意識調査では、二位のカラオケや三位のヘッドホーンステレオを抑えてインスタントラーメンが一位に選ばれています。
(四位以下は、家庭用ゲーム機、コンパクトディスク、カメラ技術、黒澤明、ポケットモンスター、自動車技術、寿司と続きます)

最初は問屋に相手にされなかったインスタントラーメンですが、日本即席食品工業協会のホームページにある資料によれば、現在の日本でのインスタントラーメン消費量は年間54.4億食、世界中では年間857億食のインスタントラーメンが食べられているそうです。

<参考書籍>
石毛直道(1995)『文化麺類学ことはじめ』講談社
岡田哲(2002)『ラーメンの誕生』筑摩書房
奥山忠政(2003)『文化麺類学・ラーメン篇』明石書店

<ラーメン関連>

インスタントラーメン誕生物語—幸せの食品インスタントラーメンの生みの親・安藤百福 インスタントラーメン誕生物語—幸せの食品インスタントラーメンの生みの親・安藤百福
中尾 明

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魔法のラーメン発明物語―私の履歴書 魔法のラーメン発明物語―私の履歴書
安藤 百福

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食欲礼賛 食欲礼賛
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安藤百福のゼロからの「成功法則」―人生に遅すぎるということはない 安藤百福のゼロからの「成功法則」―人生に遅すぎるということはない
鈴田 孝史

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インスタントラーメン発明物語 インスタントラーメン発明物語
インスタントラーメン発明記念館

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» インスタントラーメンの王道、チキンラーメン(どんぶりセット) [文句があったらベルサイユへいらっしゃい!]
や、別にそんなにインスタントラーメンに凝っている訳ではないのですが、スーパーに山積みされていたので、ついつい買ってしまいました。 [続きを読む]

受信: 2006/10/28 13:20

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