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2006/08/30

ホットドッグとアメリカ人

アメリカでは年間百数十億個のホットドッグが食べられているといわれ、「National Hot Dog & Sausage Council」のサイトの資料によると、2005年にアメリカ人がホットドッグとソーセージに使った費用は39億ドル(約4,563億円)だそうです。
ホットドッグはアメリカの地域によって食べ方が異なり、ドイツ系移民の多い地方ではザウアークラウトが添えられ、中西部ではチリをかけたもの、ニューヨークではミートソース、カンザスではトロリと溶けたチーズとマスタードが掛けられ、シカゴではケシの実付きのパンが使われます。
今やアメリカの国民食ともいえるホットドッグですが、その始まりと名前の由来についてはあまりはっきりとはしていません。

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一説では、1904年のセントルイス博覧会の会場でソーセージを売っていた発明家が、客が熱いソーセージを手でも持てるようにと、ソーセージと手袋をセットにして渡していましたが、コストを削減するためにソーセージをパンに挟んで渡すことにしたのがホットドッグの始まりとされています。

別の説では、1867年頃にドイツ系移民のチャールズ・フェルトマン(Charles Feltman)というミートパイ売りがワゴンでお湯を湧かしソーセージを茹でてサンドイッチにした新商品を「フランクフルター・サンドイッチ」と名付けてニューヨークのブルックリンで売り出したのがホットドッグの最初だとしています。

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最初のホットドッグについての話しはその他にもいくつかあり、その始まりは定かではありませんが、パンにソーセージを挟んだ食べものは好評を得て急速に広まり、その食べやすさから1890年代末には野球場でも販売されるようになります。
1934年には「ホットドッグ・スタンド」や「ホットドッグ・ビジネス」という言葉が使われるようになりました。Hotdog1

当時のホットドッグ人気を示す確かな記録が残されています。
1939年6月に、現在のエリザベス女王の父母にあたるジョージ6世とエリザベス王妃がアメリカを訪問した際に、フランクリン・ルーズベルト大統領は二人をニューヨークのハイドパークでのピクニックに誘い、公園でホットドッグを振る舞ったのです。このときのメニューはニューヨーク・タイムスの一面で報じられたそうです。

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ホットドッグについてのもう一つの謎はその名前の由来です。
よく使われる話しでは、ある町のフランクフルトソーセージで有名な店で、炒めたソーセージを買って食べた一人の客が「なんだ、ただ熱いだけの犬肉じゃあないか」と憎まれ口を叩いたところ、店の主人は怒らず騒がずそれを商品名に使ってしまい、「Hot Dog」という名が生まれたといいます。

別の説では、球場の売り子が「熱いダックスフンド・ソーセージだよ!!」という売り声と共にホットドッグを売っていたことからヒントを得て、スポーツ漫画家のタッド・ドーガン(Tad Dorgan)がパンの間に入って気持ち良さそうにしている犬の漫画を描き、「ホット・ドッグはいかが」というキャプションをその漫画につけたことからホットドッグの名前が生まれたといいます。
これは話しとしては良くできていますが、実際にこの漫画を目にした人はいないようで、誰かの作り話しだろうといわれているようです。Hotodog2

1800年代にアメリカに移り住んだドイツ人はアメリカにソーセージを持ち込んだだけではなく犬のダックスフンドも連れてきたといわれ、ソーセージとダックスフンドが似ていることから冗談やからかいの意味でHot Dogという言葉が生まれたのではないかともいわれています。
あまり劇的な話しではありませんがこれが最も本当らしい話しではあります。

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アメリカのホットドッグの歴史について語られるとき必ず出てくるのがネイサン・ハンドワーカー(Nathan Handwerker )という人です。
ポーランド系移民のネイサンは、前述のミートパイ売りからホットドッグ売りになったフェルトマンのお店の「Feltman」で雇われ、ホットドッグのパンに切れ込みを入れる仕事に就きました。

あるときにある男が、フェルトマンの店で売られている10セントのホットドッグがもしも5セントだったらもっと売れるだろうにと何気なくネイサンに言ったところネイサンはこれを真に受け、「フェルトマン」や他の店のアルバイトで働いて貯めた300ドルの貯金を全て投資して、1916年にニューヨークのコニーアイランドに自分のホットドッグスタンドを開業し、本当に5セントで売り出したそうです。
価格破壊のホットドッグは大当たりして、その後ネイサンのお店の「Nathan's Famous」は全米にチェーン店をもつ一大企業にまでなります。

ネイサンは休むことなく働いた人のようで、歳をとり引退して息子が社長になってからも、バスに乗って店に様子を見に行っていたそうです。
ある人が「あなたの息子は運転手付きの車で出勤するのに、あなたは何で今だにバスに乗って店に行くんだ」とネイサンに聞いたところ、ネイサンは「私は金持ちの親を持たなかったのでね」と答えたといいます。
ネイサンの店が流行ったのは値段が安かったからだけではなかったようです。

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Nathan's Famous」は最近日本にも進出しましたが、日本での知名度はあまり高いとはいえません。
しかし、毎年7月4日にコニーアイランドで行われるホットドッグの早食い競争の映像をニュースで見たことがある人は多いのではないでしょうか。
2001年から今年まで、日本人の小林尊氏が連覇している大会で、2006年には50本半のホットドッグを12分で食べて小林氏が優勝しました。
この大会のスポンサーが「Nathan's Famous」で、出場者が食べているのももちろん「Nathan's Famous」のホットドッグです。
この大会は1900年代の初めに「愛国心」を見せるために始まったといわれています。
早食いと愛国心がどうつながるのかいま一つ分かりませんが、これはこれでアメリカ人のホットドッグに対する思い入れの強さを現しているのかもしれません。

<参考書籍>

橘みのり(1999)『トマトが野菜になった日—毒草から世界一の野菜へ』草思社
大塚滋(1997)『パンと麺と日本人—小麦からの贈りもの』集英社
本間千枝子, 有賀夏紀(2004)『世界の食文化〈12〉アメリカ』農山漁村文化協会

<ホットドッグ・アメリカ関連>

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東海林 さだお


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