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2006/08/10

トマトの語源

トマトの祖先の植物は南アメリカ西部のアンデス山脈周辺が原産地だというのが定説になっています。(関連:「トマトの原産地」)
現在は世界中でトマトが食べられていますが、コロンブスの航海以降にヨーロッパ人が中南米大陸の存在を知るまではアメリカ大陸以外に住む人達はトマトという野菜があることを知りませんでした。

          ○

1519年にスペイン軍がアステカ帝国を侵略したときに、スペイン人がヨーロッパ人としては初めてトマトのことを知り記録に残しています。

1575年になってフランシスコ会のベルナルディーノ・デ・サアグン修道士がアメリカ大陸について書いた著書の中でメキシコで見たトマトについて更に詳しい様子を伝えています。Tomato150

アステカの一種族であるナファ族の女性がアユィ(aji = 赤唐辛子)とペピタス(pepitas = カボチャの種)、香草、そしてトマトゥル(tomatl)を混ぜてソースを作ったとサアグン修道士は書き残しました。
この「トマトゥル」がトマトのことです。
特別な宴会などで出される魚や肉の料理に限ってこのトマトソースは使われたといいます。

          ○

ちなみにトマトゥルには赤いトマトと食用ホウズキの両方の意味がありました。
現在のメキシコでも、緑色のトマトを意味する「トマト・ベルデ (tomate verde)」という言葉が食用ホウズキの名としても用いられ、赤いトマトは「ヒトマテ(jitomate)」と呼ばれています。

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トマトソースも登場するサアグン修道士の本の中では、スペインが滅亡させたアステカ帝国が如何に発達した文明を持っていたかが盛んに強調されていたためにスペイン国王の不評を買い、結局この本はスペインで発禁処分となってしまい、アステカのトマトソースのことがその当時に公にされることはありませんでした。

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トマトの語源は、サアグン修道士が記録したように古代アステカ語でトマトを「トマトゥル (tomatl = 膨らむ果実)」と呼んでいたことに由来しており、世界的にこの野菜を「トマト」と呼んでいます。

16世紀前半にスペイン人がトマトをヨーロッパに持ち帰り、スペインではトマトを「トマテ」と呼ぶようになります。

1544年にイタリア人博物学者のマッティオーリが著した『博物誌』の中で、トマトは「熟すと黄金色になる」と説明されたことから、イタリアではトマトを「ポモ・ドーロ(pomod'oro = 黄金の果実)」と呼ぶようになりました。
現在でもイタリアでのトマトの呼び名はポモドーロです。
イタリアではアラブ人が好んで食べていたナスを「pomi di mori(黒人の果実)」と呼んでいたことから、同じナス科植物のトマトもナスと同じ呼び名になり、後にそれが縮まってポモドーロになったという説もあります。

フランスでトマトは「ポム・ダムール(pomme d'amour = 愛の果実)」と呼びましたが、この呼び名は19世紀になるまで使われていました。

<参考書籍>
シルヴィア・ジョンソン(1999)『世界を変えた野菜読本—トマト、ジャガイモ、トウモロコシ、トウガラシ』晶文社)
内田洋子 (2003)『トマトとイタリア人』文藝春秋
橘みのり(1999)『トマトが野菜になった日—毒草から世界一の野菜へ』草思社

<トマト関連>

トマトの絵本 トマトの絵本
もり としひと ひらの えりこ

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Le Creuset ココット・トマト チェリーレッド 25130-02-06 Le Creuset ココット・トマト チェリーレッド 25130-02-06

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