オクラとアフリカ
オクラの露地ものの旬は7月から9月にかけてです。
オクラの表面にはうぶ毛が生えていますが、この毛がびっしりと生えたオクラは出荷されてまだ間がなく新鮮であることを示しています。
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(上の地図が見られない方はこちらをどうぞ)
オクラの原産地はアフリカです。
東アフリカのビクトリア湖(上の地図ではケニヤの西端、タンザニアの北端に接している殆ど赤道上に位置する湖)の北、エジプトの南にスーダンがありますが、そのスーダンの都市ハルツーム(Khartoum)を流れる白ナイル川付近で完全な野生のオクラが発見されたことから、この地域がオクラの原産地だとされています。
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2000年前のエジプトでもオクラが栽培されていた記録が残されており、人間とオクラのつきあいは意外と長いことが分かっています。
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英語でもオクラは「okra」とよびます。
「オクラ」の語源は西アフリカの言葉だというのが定説です。
しかし、西アフリカのどの国の言葉が元になっているのかは分かっていません。
ナイジェリア(Nigeria)に「igbo」という「淑女の指」を意味する言葉があり、これが語源だという説や、ガーナ(Ghana)の言葉に由来するという説もあります。
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フランス語でオクラは「ゴンボ」ですが、これはアンゴラ(Angola)でオクラを意味する「キンゴンボ」という言葉が語源になっています。
米語になると転じて「ガンボ」になり、アメリカ南部のオクラが使われる代表的ケイジャン料理の名前にもなりました。
18世紀頃に、西アフリカから奴隷として連れてこられた人達がオクラをアメリカに持ち込んだのですが、この奴隷の歴史が料理名の「ガンボ」に名残をとどめているのです。
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検索してみたところガンボのレシピがいくつか出てきました。
cotton@dltさんのサイト「The Kitchen DLT」ではガンボスープの写真や非常に詳細なレシピが紹介されています。
こちらのサイトではアメリカ南部の食文化の情報が盛り沢山です。
”基本的に実在しないレストラン”のサイト「The Kolis Inn Restaurant」ではこちらにガンボの作り方があります。
こちらのサイトでも、アメリカ料理やケイジャン/クレオール料理のレシピが山ほど紹介されています。
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江戸時代の終わり頃に初めて日本へオクラが持ち込まれましたが、この時は普及せずに終わりました。
明治になって、再度アメリカから日本にオクラが導入され、その際にオクラは「アメリカネリ」と名付けられています。
「ネリ」とはトロロアオイのことです。
1970年代になって、オクラは日本の一般家庭でも使われるようになりました。
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西アフリカの多くの地域では、ヒエやトウモロコシなどの雑穀の粉を練って、固めの粥のようにしたものが食べられています。
この固い粥を団子状にして、オクラを使ったソースをつけて食べる料理が西アフリカの代表的な食事の一つになっています。
柔らかい団子でソースをすくい取るようにしながら食べるため、このソースにはとろみが必要で、それにはオクラが出す粘りが適しているのです。
通常、日本ではオクラの実の部分しか市場に出まわりませんが、アフリカでは葉も食べられています。
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オクラは真夏の暑い頃に次々と花を咲かせ実をならすことから、アフリカでは結婚する花嫁に対して、「オクラのようにたくさん子供をつくってね」という言いまわしがあります。
それくらいアフリカでは生活に密着した野菜だということでなのでしょう。
<参考書籍>
日本ベジタブル&フルーツマイスター協会(2003)『野菜のソムリエ―おいしい野菜とフルーツの見つけ方』小学館
大場秀章(2004)『サラダ野菜の植物史 新潮選書』新潮社
吉田よし子(1998)『野菜物語—大地のおいしい贈りもの』TOTO出版
小川了(2004)『世界の食文化〈11〉アフリカ』農山漁村文化協会
<アフリカ関連>
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