古代のパン
紀元前7000〜6000年頃には、メソポタミア地方バビロニアで無発酵パンが作られていたと考えられています。
エンマ小麦という古代の麦や大麦を粉にして水で溶き、石の上で平焼きにして作られていました。
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ある時、発酵を促す菌が無発酵パンの原料に偶然混入し、最初の発酵パンが作られてしまったと考えられています。
その発酵パン作りの技術を発展させたのは古代エジプト人で、エジプト人は他国から「パンを食べるひと」と呼ばれたりもしました。
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エジプトでパンを作るのは女性の役割でした。
英語の「lady(女性)」の語源はチュートン語で「粉を捏ねる人」という意味の言葉に由来しています。
「lord(領主)」はチュートン語の「パンを守る人」という言葉が語源です。
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パンを食べる文化がどのように発達したかを示す痕跡がスイスのトゥワン遺跡で発見されています。
トゥワン遺跡は、時代が異なる三つの層が重なるようにして埋まっていました。
一番下の紀元前3830〜3760年の層からはパンは出土せず、スープや粥しか発見されませんでした。
ただし、この層からは壺の中で発酵させた粥の跡が見つかっています。
紀元前3700〜3600年の中層からは発酵パンの断片が出土しています。
この層からは、灰の中で焼かれたパンと窯で焼かれたパンが発見されています。
一番新しい紀元前3600〜3500年の上層部からは、窯で焼かれたパンのみが発掘されており、このパンは他の遺跡で発見された紀元前1000年頃に作られたパンと同程度のレベルに仕上げられており、紀元前3000年代には既にある程度のパン焼の技術が確立されていたことが分かっています。
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古代エジプトでは、麦芽を原料とした発酵パンをビール醸造の原料として使っていました。
このビール作り用の発酵パンを新しいパン種に混ぜてパンをつくると、パンのできがよくなることをエジプト人は発見し、パン工場とビール工場は次第に隣接して建設されるようになりました。
その後、古代エジプト人はビール製造の過程で出るビールの搾り粕をパン作りのパン種に使う方法も考案しており、この方法は現在の「酵母接種技術」とよばれている方法です。
<参考書籍>
柳田友道(1991)『うま味の誕生―発酵食品物語』岩波書店
大塚滋(1997)『パンと麺と日本人―小麦からの贈りもの』集英社
舟田詠子(1998)『パンの文化史』朝日新聞社)
一島英治(2002)『発酵食品への招待―食文明から新展開まで』裳華房
<関連商品>
「自家製酵母」のパン教室―こんなに簡単だったんだ!マイペースで楽しく続けられる
高橋 雅子

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