ベトナムの麺料理 フォー
ベトナムの麺といえばまず「フォー」の名前が上がるのではないでしょうか。
フォーの原料は米粉です。
ベトナム南部地方でよく食べられる「フーティエウ」も殆どフォーと同じ作り方になりますが、フーティエウには米粉だけでなくキャッサバも加えられるため、フォーよりもフーティエウの方がコシがあります。
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フォーの作り方は、最近の日本人にはおなじみの「ゴイクォン(生春巻き)」で使われるライスペーパーを作る工程と途中までは同じです。
ライスペーパーを細く切り出したものがフォーになります。
ライスペーパーの伝統的な作り方は、最初に米を水にしばらく浸けます。
次に米と米を浸けていた水を一緒に石臼で挽きます。
臼からは水溶き米粉のようなものが出てくるので、この白い液を薄く広げて蒸し固めます。
これを乾燥させるとライスペーパーになるのですが、ライスペーバーが半乾きの状態のときに麺状に切るとフォーになります。
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粉に水などを加えてある程度の硬さにしてから包丁で細く切る麺の作り方は唐代の中国で考案された方法で、その後アジアに広がりました。
ベトナムのフォーもこの切り出し麺タイプになります。
フォーを作る時に蒸す工程が入っていることからも、フォーが中国料理の影響を受けているのが分かります。
蒸すという調理法は古代中国の時代から使われてきました。
点心などで見られるように蒸す方法は中国料理を特色づける要素の一つです。
そしてベトナム料理でも蒸し料理は多くあり、ベトナム食文化に中国食文化が取り入れられた現れの一つでもあります。
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秦の始皇帝が中国を統一したときにベトナム北部も中国の植民地となり、約1000年ものあいだベトナムは中国から支配を受けました。
約10世紀にわたり中国の支配下にあった北部ベトナムのキン族は、中国支配の時代が終わった後に南下して中部ベトナムと南部ベトナムに攻め入り、現在ベトナムとなっている領土を統治することになります。
そのため全国的にベトナムの料理には中国料理の影響が色濃く出ており、まるでベトナム料理が中国料理の一地方料理であるかのように「中国料理化」されている部分も見られるのです。
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その反面、ベトナムは中国文化に対する反発も持っていたようで、ベトナム文化が完全に中国文化と同化することはありませんでした。
キン族がベトナム統治を押し進めるにつれ中国料理の技法もベトナム全土に広まりましたが、一方では、中部ベトナムに影響したインド文化や南部ベトナムに影響した東南アジア文化が中国料理の影響を受けたキン族の食文化と混じり合い、独特なベトナム食文化を形作ることになりました。
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その食文化混合の跡がフォーの中にも残っているのです。
フォーには、牛骨スープをつかう 「フォー・ボー」と鶏スープをかける「フォー・ガー」があり、それぞれの動物系スープがそれぞれのフォーの味のベースになりますが、フォー・ボーとフォー・ガーのどちらのスープにも加えられて味の土台となるのが「ニョクマム」です。
ニョクマムは、イワシやムロアジの類いの魚を原料とした魚醤で、ベトナムの代表的調味料として頻繁に料理に使われるため、ベトナム料理の味の核になるといってもいいくらい重要な調味料です。
中国で発達した大豆発酵食文化は日本を含む東アジアでは受け入れられましたが、厳重に発酵温度をコントロールする必要がある麹菌を使う味噌などは気温の高い東南アジアでは造ることが難しく、ベトナムではニョクマム、タイではナンプラー、カンボジアではトゥックトレイなど、東南アジアでは魚醤文化が発達しました。
中国の麺料理に非常に似通ったフォーですが、醤油ではなく東南アジア料理の特色となる魚醤のニョクマムが使われ、ニョクマムや香菜の味と香りが相まうベトナム料理独特の風味を持つ麺料理になっているのです。
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また、フォーには酸味を加えるのにライムを絞り入れたりしますが、ここにも東南アジア料理の要素が見られます。
東南アジアでは酢よりも柑橘類が多く使われました。
これは、この地域ではドブロクが主流だったことに関係があるという説があります。
酢が造られるようになるには酒が大規模に醸造される程に文明が発達する必要があるといわれます。
各家で小規模に酒を造っている程度では、酒は酢に転換される前に消費されてしまいます。
家庭でつくられるドブロクが主流の地域では、貴重品の酒がもとになる酢ではなく、もっと手に入り易いレモンやライムが料理に使われたのだろうと推測されています。
日本でも酢の大量生産が始まったのは酒の大規模醸造が安定的に行えるようになった江戸時代以降からでした。(「酢の歴史」)
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中国料理の製法で作られた米粉の麺、東南アジアの味を代表する魚醤のうま味と塩味、ライムの酸味、それらが器の中で渾然一体となっている一杯のフォーを味わうとき、地理的そして歴史的要因によってベトナムが中国や東南アジアの他国から影響され、独特の食文化を形作ったことが実感できるのです。
<参考書籍>
森枝卓士(2005)『世界の食文化 (4) ベトナム・カンボジア・ラオス・ミャンマー』 農山漁村文化協会
石毛直道(1995)『文化麺類学ことはじめ』講談社
石毛直道(2004)『食卓の文化誌』岩波書店
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