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2006/07/19

羊とチンギス・ハーンの子孫達

最近は大相撲でモンゴル勢が場所を盛り上げていますね。
モンゴルのチンギス・ハーンの時代には兵士達を鍛える訓練の一貫として相撲が行われていたといいますから、あちらの相撲にも長い歴史があります。

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チンギス・ハーンは1206年にモンゴル全土を支配下に置き、遊牧国家モンゴル帝国を創り上げました。

チンギス・ハーンを支えたモンゴル軍といえば今日でも草原を駆け抜ける騎馬軍団を連想するように、馬はモンゴル軍の最も重要な軍事力でした。
しかし、軍にとって大事なのは馬だけではなく、羊も歩く食糧貯蔵庫としてモンゴル軍の大遠征を支える重要な兵站戦略の一部になっていました。

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高原に住むモンゴル人が牛よりも羊を多く飼った理由は環境との適合性だけでなく、彼ら遊牧民の家族構成や生活様式にも関係しています。
冷蔵庫どころか電気もないモンゴル高原では、夏場に家畜をつぶすときには大勢で一気に食べてしまう必要がありました。
牛を一頭食べきるには700人以上の人数が必要ですが、羊であれば10人程度で一頭を食べ尽くすことができるのです。

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ところで、フランスやイタリアのレストランで料理されるラム肉の殆どはオスであることが多いはずです。
羊の群れの中にオスが多いと争いが起きて群れが分裂してしまうため、ヨーロッパでは羊のオスが生まれると種オスに選ばれたもの以外は小さいうちに間引かれてラム肉にされてしまうのです。

生まれる子羊の内ほぼ半分はオスですから、子を産んだメス羊の約半数が子供を失います。
しかし、それらのメスも乳は出します。
その子羊に飲まれることのない乳を人間が乳製品に利用したりしてきたのです。

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Photo_1 しかし、モンゴル高原ではオスの羊も種オス以外は去勢され群れに残されます。
このモンゴル高原の去勢オス羊の文化は、モンゴルやその周辺でオスの子羊を売却する市場が存在しなかったことや、オスを生かしておいても飼育できる環境があったことなどから生み出されたものと考えられています。
モンゴルの遊牧民にとっては大量のラム肉を抱えて移動するよりも、歩く冷蔵庫のような生きたオス羊を連れて歩いた方が経済的だし労力が少なくて済んだのです。

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オス羊を去勢した時に切除された睾丸は捨てられずに穀類などと一緒に煮て食べられてしまいます。
羊の去勢は春から夏にかけて行われます。
冬の間に保存肉を食べきり家畜の乳もまだあまりとれない時期に去勢が行われるので、睾丸は貴重なタンパク源になります。

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高原に住むモンゴル人は、肉に火を直接あてて焼くと火の神様が怒ると信じているため肉を直火で調理しません。
肉の料理に石焼などはありますが、通常は水煮が多いのです。

また、味付けはたいてい塩のみで、ネギの類いを薬味程度に入れることはあってもコショウなどの香辛料を使いません。

冷蔵庫のないモンゴル高原では、保存が難しいため基本的に夏場は家畜をつぶさず肉は食べません。
冬の間は日中でも最高気温が零度を下回るくらい寒くなるので、家の外に出しておけば自然に肉をチルドの状態で保存できます。
肉を食べる冬の時期は肉が傷まないので匂い消しのために香辛料を使う必要がなく、料理の味付けがシンプルになったのかもしれないという推測もされています。

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作家の開高健さんがモンゴルでイトウ釣りに挑戦したときの記録に羊の水煮の話しが出てきます。

「食事といっても主食と副食のけじめがないのである。 たいていは羊のこまぎれ肉の水煮であって、ひとつまみの岩塩だけが調味料である。 これをスプーンでチャポチャポとすすったらそれでおしまい。 朝がそれ、昼がそれ、夜もそれである。 昨日もそれ、今日もそれ、明日もそれである。 夏もそれ、冬もそれである。」

食事に使う調味料が一切ないだけでなく、モンゴルの草原での暮らしには、キッチンやトイレ、書斎、居間などがなく、所番地などなく、モンゴル人が草原に残すゴミは一切なくて、何から何までないと書いた後で開高さんは次のように続けています。

「この徹底ぶりをいちいち眺めていくうちに、”自然”を守るためにはここまで無欲にならなければならないのか、これより他に道はないのだろうかと、感嘆と同時に絶望めいたものも痛感させられる。 この高原の大草原は十三世紀のジンギス汗の時代もまったくこのままであっただろうし、それよりはるか一千年前も、さらに二千年前もこのままであっただろうという思いが胸にくる。」
(開高健(2000)『オーパ、オーパ!!〈モンゴル・中国篇・スリランカ篇〉』 集英社)

<参考書籍>
小長谷有紀(2005)『世界の食文化 (3) モンゴル』農山漁村文化協会
佐々木道雄 (2004)『焼肉の文化史』明石書店

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